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Face to Face Talk【今月のインタビュー】

vol.131

  となりのネーデルラント

英会話講師  ポスト・ヘンリー    



 富士市に住む外国人は約4,500人。富士山やその周辺を訪れる外国人観光客の姿はずいぶん見慣れたものとなり、歓迎すべきことだが、この地域に根を下ろして暮らしている「ご近所さん」としての外国人との関わりを深めていくことも、それ以上に重要なことだろう。オランダ出身の英会話講師、ポスト・ヘンリーさんは、富士市民歴21年。話していると外国人であることを忘れてしまうほど堪能な日本語と、その気さくなキャラクターで、ヘンリーさんの周りにはいつも人々の笑顔が咲いている。国際交流や異文化理解の必要性が高まる中、型にはまった儀式や講義のようなものばかりでは活きた交流にはならないとヘンリーさんは語る。「郷に入っては郷に従え」を超えて、個性を失わないまま郷に溶け込んでしまえる彼のしなやかさに、社会全体に枯渇しつつある寛容性を育むためのヒントがあるように思えた。



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月並みな感想で大変恐縮ですが、ヘンリーさんは本当に日本語がお上手ですね。

 「ありがとうございます。でも多くの欧米人と同じように、私も来日する前は日本語や日本についてほとんど何も知りませんでした。首都が東京だということは知っていましたが、上海も日本にあると思っていましたし、分かる日本語は『ゲイシャ(芸者)』と『ショーグン(将軍)』だけでしたから(笑)。でもそれは、日本でオランダについて聞くとたいてい、『ああ、風車とチューリップの国ね』って言われるのと同じです。風車があるのはオランダの一部の地域だけですし、チューリップだって全国で一年中咲いてるわけじゃないですからね(笑)。私はオランダの農業大学在学中に南インドで8ヵ月間、教育・医療・農業などの開発支援プロジェクトに参加したのですが、そこで関わったキノコ栽培に興味を持って、卒業論文などで文献を調べるうちにたどり着いたのが、キノコの先進国である日本の存在でした。大学卒業後に農業研修という形で初めて日本に行くことが決まって、アムステルダムの日系ホテルの中にある書店に足を運んだ時が、最初のカルチャーショックでした。全く読めない文字がびっしりと並んでいる日本語の本を見て、これはまずいと思い、そこから日本語の勉強を始めて、日本に来るまでにはなんとか挨拶程度の言葉を覚えました。来日後は岐阜県のシイタケ農家で8ヵ月間過ごしたのですが、ホストファミリーの子どもたちと話したり、ひらがなで書いた簡単な日記を交換したりして、少しずつ日常会話ができるようになりました。その後オランダに帰国して、チーズ農家を営む実家で働く中で知り合った妻が富士市出身の日本人だったのが、こうして富士市に住むことになったきっかけです。二度目に来日した時は2歳になる長女もいて、少なくとも娘が自立するまではオランダに帰ることはできないという覚悟がありました。また、本格的に日本で暮らすなら日本人と同じように話せないと成功できない、幸せにはなれないという強い信念がありましたから、一生懸命勉強しました。今では漢字もなんとか読めるようになりましたが、当時は周りに英語を話せる人がほとんどいない、外国人の友達もいないという環境で、本当に苦労しました。」



インドにしても日本にしても、オランダからは地理的にも文化的にも遠い国ですが、長期滞在することに抵抗感はありませんでしたか?

 「私が生まれ育ったのはオランダ東部の小さな町ですが、幼い頃から外国や異文化に対して興味があって、図書館にある子ども向けの本は読み尽くしてしまうほどでした。世界を旅する船乗りの本が特に好きで、いつも夢中で読んでいた記憶があります。また実家のチーズ農家では世界中から農業研修生を受け入れていて、アフリカ・中東・アジア・南米と、いろんな国の若者がやってくるので、彼らに各国の文化について聞かせてもらったり写真を見せてもらったりするのが楽しみでした。それと、一般的なオランダ人の国民性として、近隣のドイツやフランスのような大国意識は薄くて、多様性や変化を合理的に受け入れていこうとする気質があります。安楽死や同性婚を世界に先駆けて合法化したのも、オランダならではです。言葉の環境も特殊で、日本の九州と同じくらいの国土で、経済規模も小さいため、仕事をする上でも3つ4つの外国語を話せないとやっていけないので、中学から英語・ドイツ語・フランス語など多言語を実践的に学びます。外国語を学ぶこと、外国と関わることが当たり前の社会なんです。」


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岐阜県でシイタケ栽培の研修を受けていた頃のヘンリーさん(当時24歳)



ヘンリーさんは現在、英会話講師として活躍していますが、外国語を学ぶ上でもっとも重要なポイントは?

 「外国語を学ぶなら、できる限りその言語の中に身を置くことが大事です。そういう環境を自ら作っていかないと、なかなか上達はしません。海外留学した日本人が英語をほとんど話せないまま帰ってくるという話をよく聞きますが、英語学校ではいつも日本人と過ごして、ルームメイトも日本人、アルバイト先も日本人向けのレストラン、これでは英語が身につくはずがありません。日本に何十年も住んでいるのに日本語が全く話せない外国人も、これと似た状況だと思います。ただ住んでいるだけではダメなんですね。逆に言えば、留学しなくても英語は学べます。例えば、まずパソコンの表示設定を英語に変えるとか、英字新聞を読むとか、他にも音楽・映画・料理のレシピなど、まずは自分の好きな分野から、英語しかない環境に変えてみるといいと思います。あとは、とにかく英語を聞くこと、話すこと。日本の英語学習は文法や語彙を研究していくスタイルが大半ですが、会話の訓練は会話することでしか身につきません。でも不思議なことに多くの日本人は、まずこっそりと勉強して、ある程度上手になってからでないと英語を人前で話したくないと考えがちです。ゴルフに例えるなら、いつまで経ってもコースには出ずに、ひたすら打ちっぱなしの練習に通い続けるようなものです(笑)。外国語はある瞬間、急に話せるようになることはありませんし、とにかく実際に話してみて、失敗したりつまずいたりしながら覚えるものなんです。それは恥ずかしいことではありません。英語は世界中で使われている言葉ですから、少しずつでも話せるようになれば世界が広がりますし、友達も増やせます。その楽しさに気づけば、さらにやる気が出てもっと勉強したいという気持ちになれると思いますよ。」



外国語に対して臆病なところは、多くの日本人の特徴かもしれませんね。その他に、日本に来てから特に感じたことはありますか?

 「初めて日本に来た日、スーツ姿でフラフラに酔っ払っているサラリーマンの姿が衝撃的で面白かったのを覚えていますね。オランダでは仕事着のまま飲み行くことはなくて、一度家に帰って着替えてから出かけますから。それと、外国人の中でも私みたいに背の高い白人は、どこに行っても目立つし、なんとなくチヤホヤされることに違和感がありました。来日当時は現在ほど外国人がいなくて、自治体の主催する国際交流イベントなどでもお客様扱いでした。シイタケ農家のあった岐阜県では、どうしてもと頼まれて『国際フィッシング大会』というイベントに出たところ、国際大会なのに外国人は私だけだったんです。そもそも釣りはそんなに好きじゃないし、その日は魚が1匹だけ釣れましたが、それで外国人の部優勝ですからね(笑)。富士に住むようになった頃に勤めていた食品会社でも、入社する前から妙に期待されていました。でも日本語はまだほとんど話せないし、日本の食材のことも知らないのに、野球の助っ人外国人みたいに期待されても、すぐに活躍できるはずがないんですよね。今では笑い話ですが、これはポジティブ・ディスクリミネーション(肯定的差別)というもので、受ける側も決して嬉しくはありません。本当の意味での国際化というのは、違いがあることを良くも悪くも特別な目で見ないということです。そういう感覚を広く伝えていくことも、私が日本で暮らしていく上での務めだと思っています。」



外国に住めば、
  言葉が変わる、
  自分が変わる
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20年以上住んできた富士市の印象と、これからの活動についてお聞かせください。

 「実は富士市に住むことになった時、オランダの旅行ガイドで調べてみたら、『富士市は工業都市で何も見どころはないので早く通り過ぎましょう』って書いてあったんです。『えっ、これからここに住むの!?』って、ちょっと不安になりました(笑)。でも21年間暮らしてみて、富士市は本当に住みやすい町だと思います。ちょうどいい規模で、買い物には困りませんし、東京にも日帰りで行けて、おまけに富士山もきれいです。ここに住んでいると想像できないかもしれませんが、オランダは国土の1/4が海水面よりも低いところにあって、一番標高の高い場所でも海抜300メートルしかありません。私の実家の近くに高さ80メートルの丘があるんですけど、地元の人はみんな『山』って呼んでいます(笑)。そう考えると、駿河湾から富士山頂までの環境がいかに貴重で素晴らしいか分かると思います。私は子どもたちが自立してからも、ずっと富士市に住みたいと思っています。今後の活動としては、これまでどおり富士・富士宮での英会話教室を続けながら、海外に事業展開する企業へのビジネスサポートなどにも取り組みたいです。また、富士市には国際交流ラウンジFILSという施設があって、外国人市民の相談や日本語ボランティアの養成、異文化交流イベントなどを行っていますが、これは全国的にも進んだ素晴らしい取り組みだと思います。ただ、私はもっと小さな町内レベルでの国際交流が活発になってくれたらいいなと思っています。近所に住んでいる外国人のことを把握して、まちづくりセンターなどで交流イベントを開くのもいいですし、町内会やPTAなどの活動にも外国人がどんどん参加できるような環境づくりが進めば、お互いの理解はさらに進むはずです。外国人に話しかける時は英語じゃないといけないと思い込んでいる人が多いですが、ここは日本なんですから、まずは日本語で話しかければいいんですよ。なんとなく気まずい、怖いという意識を捨てて、気軽に挨拶でも交わしてみようという気持ちが、国際交流の第一歩だと思います。」

 Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Photography/Kohei Handa


    



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ポスト・ヘンリー

英会話講師
英会話教室SPEAK代表

1965年11月11日生まれ
オランダ・オンメン市出身
富士市宮島在住

Henry Post/チーズ農家を営む家庭で5人きょうだいの末っ子として生まれる。イアハーラーレンスタイン国際農業大学熱帯農業学部を卒業後、1989年にシイタケ栽培の農業研修生として初来日し、岐阜県川辺町で8ヵ月間を過ごす。オランダへ帰国後、実家のチーズ農家の仕事に従事する中で、農業研修でオランダに滞在していた富士市出身の妻・美樹(みき)さんと出会い、結婚。1996年に再来日し、以後21年間富士市に在住。食品会社での勤務を経て、2002年より英会話教室SPEAK(スピーク)を開設。富士市・富士宮市内各所での英語・ドイツ語のレッスンに加え、翻訳や通訳などのビジネスサポートも手がける。好きな漢字は形がかっこいいという仏壇の『壇』。

【取材・撮影協力】富士市国際交流ラウンジ FILS


    



英会話教室SPEAK(スピーク)
TEL:090-1278-6094
WEB:http://www4.tokai.or.jp/eurotoys/







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まちづくりセンターでの初心者向け英会話レッスン
  酪農とチーズ製造・販売を営むヘンリーさんの実家


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