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トップページ > 地域情報紙 > トップインタビュー(vol.103)
今月のトップインタビュー

 分け入るほど、富士山

FacetoFace103top1  富士山専門店
  東海道表富士 店主  

     西川 卯一



 富士山の姿を想像してみよう。いつもと同じ北の方角、三角形のあの形に、向かって右肩の宝永山、山頂は少しギザギザで、上半分は白い雪。富士市民が抱く富士山のイメージは、おそらくほぼ同一のものではないだろうか。富士山が大きすぎて、近すぎて、不動のものであるがゆえに、いつのまにか日常の一背景として固定化されたものになっていく。灯台下暗しというが、富士山に一番近い我々が、富士山の多面性に一番疎いというのでは、実にもったいない。
 地元の人にこそ富士山の魅力を伝えたい――。そんな思いで富士山関連商品の専門店を開業し、登山ガイドを始め、さらには自ら山伏(やまぶし)となって修行まで行う信念の人がいる。西川卯一(ういち)さんは今シーズンも開山前から、生まれ育った富士市・吉原商店街と富士山を頻繁に行き来する日々を送っている。富士山南麓における「平成の強力(ごうりき)」を彷彿とさせる西川さんを突き動かすものは何か?その答えを探すべく、勢い余って富士山中まで同行してしまった。倒木をくぐり抜け、森林限界を超えて歩く中、お互いに息切れしながら語り合うという極めて異例のインタビューとなった。




 京都から富士山の姿がくっきりと見えた


 富士市で生まれ育った環境の中で、小さな頃から富士山への関心や憧れが強かったのですか?

 「いえ、それが特に何とも思っていなかったんです。初登頂こそ10歳の時に果たしましたが、普段は『大きな山だなぁ』としか感じていませんでした(笑)。富士山の目の前で生まれ育ったことで、逆にありがたみを感じないというか、その価値や魅力について考える機会がなかったんですね。特別な思いが生まれるきっかけになったのは、京都で過ごした大学時代、富士山を描いた土産物が日本人外国人を問わず、飛ぶように売れているのを目にしたことです。地元ではそんなことはないのに、なぜ日本一の観光地である京都で富士山グッズが売れるんだろうと、その時は不思議な気持ちでしたが、考えてみると、結局富士山は日本そのものの象徴ということなんですね。だから富士山が見えない京都でも売れる。富士山にそれだけの魅力や商品価値があるということに気付かされたこの経験はとても貴重なものでした。」



 富士山専門店を開業するに至った経緯は?

 「実は小学生の頃から、将来は小売業をやりたいという希望を持っていました。実家が金物屋で幼い頃から商いをする環境には慣れ親しんでいましたが、職人さん向けにプロ用製品を売るという形で、自分は一般の人を相手に会話をしながら何かしらのモノを売る店を持ちたいと思っていました。大学では経営学を学び、就職は製造と流通両方のノウハウを学べるようにと、直販を得意とする大手メーカーを選びました。当時の人生設計では、30代までそこで修行して、その後地元のホームセンターに転職して店長まで経験し、販売の現場を学ぶつもりでした。つまり製造・流通・販売のプロセスをすべて学んでから、40代までに独立開業しようという計画です。ただ、人生そう思い通りにはいきませんよね(笑)。就職して4年半ほどで家業を手伝うことになり、その後いろいろとありまして、30歳の時にフラッと出かけた京都への旅行で、その後の人生を大きく変える出来事がありました。高校時代の友人が日本三景のひとつ、天橋立にある土産物屋にいて、会いに行ったところ、公園の入り口にあるその店にはいつも大型の観光バスが目の前に停まるんです。堅実な商売を続けられる環境で、羨ましく思いました。富士に帰る道中、『京都はいいよなぁ、天橋立はいいよなぁ』とぼんやりと考えていた時、京都で富士山グッズが売れているのを見た大学時代の記憶が甦って、『いや、富士には日本一の富士山があるじゃないか!』と思い立ったんです。そこからは一念発起して、富士山専門店の構想や準備に取りかかりました。ただ、実際には京都や天橋立のように富士に観光客が訪れているかというと、残念ながらそうではありません。そこでまずは観光客向けではなく、地元の人に富士山の価値や魅力を知ってもらいたいという思いも込めて、日本中で売られている富士山グッズを地元に集めて、『贈って喜ばれる富士山』をコンセプトにした店にしようと考えました。おかげさまで、富士山が世界文化遺産に登録された年などは県内外からたくさん引き合いもいただきました。ただ、地元の人に富士山の魅力を伝えるという点では、決して満足はしていません。富士山が多くの人にとって憧れの存在で、贈られると嬉しいものだということに、地元の人の方がピンと来ていないようにも感じます。ビジネスとしても、富士山で商品をする人がもっとたくさん出てきてもいいはずだと思います。」



 
商店街は富士山頂へ続く古の道



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  県外から訪れた団体ツアー客をガイドする西川さん


 お店と並行して、現在は富士山の登山ガイドにも携わっているそうですね。

 「当初はあくまで商店主として富士山と関わっていくつもりでしたが、縁あって吉原商店街に店を構えたことで、いろんな発見や出会いが生まれました。旧東海道に面したこの商店街には、東京から京都まで歩いて旅をする人や、歴史的な場所を辿りながら散策する人など、多くの旅人が訪れて、いろんな情報をもたらしてくれます。とりわけ、道なき道を歩く登山の第一人者で、『富士山村山古道を歩く』という著作もある畠堀操八(はたけほりそうはち)さんが当店に立ち寄ってくださったことは大きな転機になりました。ここが旧東海道の宿場町であるだけでなく、かつて東海道や鈴川海岸の富士塚から富士山へと向かう登山ルートの一部でもあったという事実は、僕も畠堀さんから聞いて初めて知りました。現在では車で富士山スカイラインを通って富士宮口5合目まで行き、そこから登り始めるというのが一般的なルートですが、車のなかった時代は、当然ながら現在とは別の道がありました。カケスバタ登山道や村山口登山道と呼ばれるもので、現在の大宮新道が整備されてからほとんど使われなくなっていますが、歴史的には800年以上前の平安時代末期に始まり、中世以降は富士山南麓の主要登山道であり続けた道です。富士山の世界文化遺産登録へ向けた機運も高まる中で、自分の店の前を通る登山ルートに興味が湧き、実際に登るようになりました。知れば知るほど楽しくなり、途絶えてしまった村山口登山道とそこにまつわる文化の復興のために何かできればという思いもあって、3年前から登山ガイドも務めています。団体ツアー客の案内や有名人のプライベートガイドなど、仕事は様々ですが、去年は5~11月の間に45日間くらい山に入り、延べ200人以上をガイドしました。富士山の魅力を語り伝える仕事には大きなやりがいを感じます。また富士山での修験道(しゅげんどう)が盛んだった頃は山伏が村山口登山道や山頂の維持管理を担っていたという事実を知り、せっかくならその世界にも足を踏み入れてみようと、富士根本宮村山浅間神社冨士山興法寺大日堂の修験道関係者の皆様のご理解もあり、現在では僕自身が山伏として山に入る修行や行事に参加させていただいています。考えてみると、世界文化遺産での登録名は『富士山
――信仰の対象と芸術の源泉』ですよね。現代の日常生活の中で見える富士山から信仰を感じ取ることはなかなか難しいと思います。ただ実際に村山口登山道に入ってみると、昔の人がわずかな道標と先達の誘導を頼りに歩いた道の痕跡が確かに残っているんです。これは感動的ですよ。世界文化遺産登録を機に、信仰の山である富士山の文化的価値を見直そう、途絶えてしまった伝統を復興させようという動きが静岡・山梨両県各地で高まっているのは本当にいいことだと思います。」


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  行く手を阻む倒木帯も村山口登山道のハイライトのひとつ


 村山口登山道は誰でも歩くことができますか?

 「現状では準備なしで個人で自由に歩くことは難しいと思います。長らく廃道になっていたこともあり、途中には激しい倒木で人が一人通るのもやっとという場所や登山道が雨水の流入で流されてしまっている場所もあります。また村山の集落から新6合目までは宿泊する場所がないため、一気に登れば12時間ほど歩くことになります。それでも途中にはかつて山伏が修行をした建物の跡や石垣、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で破壊された仏像など、歴史的な遺産が数多く残っています。史跡調査が行われれば、地中からも多くの遺産が見つかるはずです。また道中には絨毯のような一面の苔畑や何百もの蝶が乱舞する花畑もあり、まさに大自然の宝庫です。観光資源としても、富士市・富士宮市にとって大きな潜在能力を秘めていると思います。その証拠に、マイカー規制やいわゆる弾丸登山の規制で富士山の各山小屋が経営に苦しむ中、6合目の山小屋は毎年利用者が増えているんです。それだけ低いところから登る人が増えているということです。村山口登山道の登山者数はまだ年間数百人程度ですが、今後もし公的な調査や整備が進めば、年間5千人かそれ以上の登山者数も見込めるのではないでしょうか。山梨県側の富士吉田口では1合目から森の中を歩いて5合目まで行き、そこからバスで帰るというルートも人気で、年間1万人以上の人が1合目からの富士登山を楽しんでいます。村山口登山道を歩くツアーは春から秋にかけて行われていますが、参加者の大半は残念ながら市外・県外の人なので、もっと地元の人に多く参加してほしいですね。観光業は経済効果としてはそれほど大きくないかもしれませんが、やはり観光が活発になると、まち全体が輝きますよ。外から訪れた人が『海からの登山が良かった!富士山の森の中が素晴らしかった!』と言い始めていることで、それが少しずつ地元の人にも伝わっていけばいいなと期待しています。」


 今後の活動について、また何かメッセージがあればお聞かせください。

 「今後も店舗はしっかりと維持しながら、富士山と地元の人との橋渡しを続けていきたいです。登山ガイドにもさらに積極的に取り組んでいくつもりです。特に地元の皆さんに伝えたいのは、地元だからこそ味わえる富士山の楽しみ方を知ってほしいということです。山頂で見るご来光も素晴らしいですが、富士山は登るだけの山ではなく、遊べる山です。ここ数年は開山シーズンの混雑や入山料の話題などが大きくなっていますが、むしろそれ以外の時期こそ、富士山を楽しむチャンスです。例えば富士山スカイラインのマイカー規制が始まる7月10日(2015年)までは、5合目まで車で気軽に行くことができます。富士市内からだとのんびり走っても1時間半くらいです。下が曇っていても5合目まで行けば雲の上で、美しい雲海を見ることもできますし、夜は晴れていれば首都圏まで見渡せる夜景、満点の星空や月見も満喫できます。地元の人にとって富士山はある意味家族のような存在だと思うんです。いつでもそこにいることが当たり前で、特に意識はしないけど、かけがえのない存在。実際に足を運べば、その距離はもっと縮まるはずです。お決まりコースではない、ワクワクするような富士山に会いに行ってみませんか?」




 
【村山口登山道と冨士山興法寺】

 古代から続く富士山南麓の主要登山ルートで、12世紀頃から富士山中で修業を行う山伏(修験者)が村山の富士山興法寺を拠点として活動し、中世以降は先達(せんだつ)に導かれた多くの人がここから富士山に登拝するようになった。室町時代の作と伝えられる『絹本著色富士曼荼羅図』(重要文化財)には大宮(富士宮市)から村山を経て富士山へ登る人々の様子が描かれている。一般的に西から訪れる際は富士川から大宮口経由、東からの登拝者は吉原宿(富士市)から大宮口または直接村山へと至った。吉原からの登山ルートは1860(万延元)年、外国人初の富士登山となった英国特命全権公使のラザフォード・オールコックが使用したことでも知られる。神仏習合(土着の神祇(じんぎ)信仰と仏教信仰をひとつの信仰体系とみなす概念)の時代を経て明治維新後に発生した神仏分離、廃仏毀釈の波にさらされ衰退し、1906(明治39)年の新大宮口登山道の開通により、事実上の廃道となった。地元住民を中心とした保存活動や富士山の世界文化遺産登録に伴う研究によって歴史的価値の見直しが進み、構成資産である村山浅間神社と併存する冨士山興法寺大日堂では1年以上にわたる大規模な修理保存工事が行われ、今年5月には堂内仏像群の開眼法要が営まれた。



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保存修理工事が完了した冨士山興法寺大日堂(富士宮市村山)


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開山を控えた村山口登山道の入り口には結界を示す注連縄が張られている


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廃仏毀釈により首を落とされた不動明王(笹垢離跡)


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倒木帯にあるヒヨドリの花畑


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幻想的な輝きを見せる一面の苔畑


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人為的に造られた石垣の跡が歴史を物語る


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新6合目で現在の富士宮口登山道と合流する






 西川 卯一(にしかわ・ういち)
 
 富士山専門店 東海道表富士 店主
 表富士登山ガイド組合員
 本山修験宗京都聖護院准先達

 1975(昭和50)年7月18日生まれ
 富士市出身・在住
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吉原小、吉原第一中、富士高校を経て、立命館大学経営学部へ進学。卒業後はアイリスオーヤマ株式会社に入社。4年半後、家業の金物店を手伝うため帰郷。2007年7月に独立し、富士山グッズや富士市のご当地ブランド『富士ブランド』認定品を中心に、地産地消の産品を専門に扱う『東海道表富士』を富士市・吉原商店街に開業。2012年からは富士山の登山ガイドを始め、30回以上の登頂経験に加え、海抜0mからの富士登山のガイドを務めるなど、精力的に活動している。また近世以前の主要登山道であった村山口登山道の存在に着目し、歴史的・文化的側面から見た富士山との関わりについても研究を続ける。冨士山興法寺を中心とした修験道が盛んであった村山口登山道独自の文化の復興を願い、現在では自ら山伏としての活動も行っている。



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  2015年5月に冨士山興法寺で行われた護摩焚き法要に山伏として参加する西川さん


 【富士山専門店 東海道表富士】

 富士市吉原2-13-8 (吉原商店街)
 TEL:0545-55-0333
 営業時間:10:00~19:00
 定休日:水曜

 http://omotefuji.com/
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