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トップページ > 地域情報紙 > トップインタビュー(vol.92)
今月のトップインタビュー

 木を救い 人を満たす

                樹木医  
喜多 智靖




 木のお医者さん。そう聞いて想像されるのはどんな人物だろうか。静かに目を閉じて木の表面に聴診器を当て、幹の中を流れる水の音や、時には木から発せられるメッセージをも聞き取ることができる、生まれながらのナチュラリスト ――― 。そんなイメージを抱く人も少なくないだろう。ところが実際に聴診器を木に当てて聞こえるのは、ゴーッという風の音と周りの雑音だけ、らしい。
 今回紹介する喜多智靖さんの職業は、樹木医。まさに木のお医者さんに他ならないが、喜多さんの口から語られる言葉やこれまでの経歴に触れると、およそメルヘンなイメージとは無縁の、現実的で理知的で、ある意味野心的な、プロフェッショナルとしての矜恃を強く感じる。それでいて、もの言わぬ樹木を命ある生き物として扱うことを忘れない、優しい眼差しを備えた人物。聴診器は使わないが、名医たる素質は充分だ。

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 木のお医者さんは 経理財務のプロ!


 とても多彩な経歴をお持ちですね。 樹木医になろうと思ったきっかけは?


 「高校生の頃、木のお医者さんを紹介するテレビ番組を見たのがきっかけです。なんとなくいいなぁと思って、定年したら木のお医者さんになろうかなと、漠然と考えていました。なぜ高校生が定年後のことを考えたのかは分かりませんが(笑)。どこかのんびりした印象だったんでしょうね。実家が洋服の仕立屋を営んでいて、子どもの頃から経済新聞にも目を通していたので、経営や起業に関する感覚は自然に身についていました。最初の就職先で経理部に配属されたことに始まり、その後10年くらいは海外留学も含めて、主に経理や財務に関するキャリアを重ねました。いつかなりたいと憧れていた樹木医を本気で目指そうと、今から6年前に農林大学校に入学してからは、この道一筋です。たしかに珍しい経歴かもしれませんが、振り返ってみれば今の仕事に役立つことばかりです。何事にもあまり深く悩まない性格で、どうせ無理だと考えるのではなく、やってみないと分からないという発想で進んできたら、こうなりました(笑)。」


 樹木医の仕事内容は?



 「依頼者の要望や木の状態にもよりますが、基本的には弱っている木を元気にするのが仕事です。剪定した枝の切り口を消毒したり、薬を塗ったりという外科的な治療もあれば、土壌を改善することで木が持っている治癒力や成長力を高める方法もあります。完全に枯れてしまった木は倒壊を防ぐために根元から切ることもありますが、私はギリギリまで伐採という選択肢を取りません。理由はシンプルで、まだ生きているものを殺してしまうのが嫌だからです。切るのは簡単ですが、それによって砂防林や防風林としての機能がなくなり、人間の生活に支障が出たという話もよく聞きます。後になって大切さに気づいても、木は再び育つのに何十年もかかります。きちんとした環境さえ整えてあげれば、大半の木は100年以上生きるのが当たり前で、途中で弱ったり枯れたりするのは、何か外的な理由があるからです。ただし極端に弱ってしまうと、人為的な治療には限界があるのも事実です。だからこそ私は木をペットと同じ生き物だと捉えて、手遅れになる前に樹木医による定期的な健康診断を受けることを提唱しています。木の健康を維持するためには、とにかく『予防』の一言に尽きます。」


 この仕事の楽しい点、また難しい点は?


 「やはり一番楽しいのは、木の治療をして効果が現れた時に、依頼主から『ありがとう』と言ってもらえることですね。難しい点は、仕事の結果が出るまでに何年も、場合によっては10年以上かかることです。独立当初は樹木医という肩書と丁寧な説明だけで自分を信じてもらうしかなく、大変でした。独立して約3年になりますが、最近ようやく成功事例が出てきたところです。具体的な例を挙げると、富士宮にあるお寺の枝垂桜は、弱ってきたから見てほしいという依頼を受けた時、幹の真ん中に直径1メートルくらいの大きな穴が開いていました。それでも調べてみると充分回復する見込みがあったので、その穴に土壌改良材や炭などを詰めて、幹を包帯でグルグル巻きにして、空洞の中に新しい根が生えて幹の一部に成長するように処置をしました。最終的には10年くらいの時間が必要ですが、これまで3年が経過したところで、今年の桜の咲き具合が以前よりも良くなったという嬉しい報告が届きました。これは良い事例ですが、逆に思うような効果が得られなかったという事例が出てくる可能性もあります。その場合はさらに時間をかけて、別の方法をひとつずつ試していくしかありません。」


 東日本大震災で津波の被害を受けた地域でボランティア活動にも取り組んでいるそうですね。


 「震災から1年が経過した頃、初めて宮城県石巻市を訪れました。当初の目的はあるNPOからの依頼で、経理や財務のノウハウを使って被災地で起業する人達を支援することでしたが、そこで目にしたのが、津波被害を受けた土地で木がどんどん枯れているという惨状でした。海水による塩害だとすぐに分かりましたが、当時は研究者がデータ収集として土壌調査をやっている程度で、土から塩分を取り除く『除塩』をしてから木を植えるという実践的な活動をしている人はいませんでした。気づいてしまったからには自分がやるしかないと思い、まずは個人宅の除塩から始めました。今現在、塩分はだいたい地表から30センチくらいの深さに留まっているんですが、塩分が影響のない深さまで浸透するのを早める促進剤を使うか、植物を植えて塩分を吸わせるか、酸素を含んだ大量の水を流し込むか、いずれかの方法で除塩します。また昨年からは現地の学校に通って、シンボルツリーを守るための活動や、子ども達への環境教育授業なども行っています。現在は活動の核となるNPOを立ち上げて、ほぼ隔週で石巻を訪れています。除塩作業は塩分が地面に浸透していく時間との戦いでもあって、最初の5年くらいで効果を見極める必要があります。すでに震災から3年以上経過していて、除塩作業をずっと続けるわけではありませんが、津波の被災地をなんとかもう一度緑化したいという思いに加えて、木を大切にする気持ちを子ども達に伝えたいということが大きな動機になっています。50年先のことを考えると、今の子ども達に教育することはとても重要で、富士市内の小学校でも、今後ぜひ同じような環境教育活動に取り組みたいと考えています。」


 「生きているから切りたくない、当然ですよね。」


 木に対する思い入れや樹木医への期待が、依頼主それぞれに異なるということもありますよね。


 「そうなんです。仕事の成果として満たさないといけないのは多くの場合、木の状態よりもむしろ依頼主の感情なんです。そこが難しい点でもあり、また私がこだわっている部分でもあります。特に津波の被災地などでは、亡くなった方が大事に育てていた木だから、これだけはなんとしても枯らしたくないという声も数多く聞きました。また子どもの誕生を記念して庭に植えた木や植林ボランティアなどで自らの手で植えた木、学校で毎日見ていたシンボルツリーなど、自分の過去や生活と重なる木に対して、人は強く感情移入します。その心理はごく自然なことで、木という生き物が人間と同じように、しかも人間よりもずっと長い時間軸の中で成長し、変化し続けているということに由来していると思います。そこに関わる者としては失敗ができないプレッシャーはありますが、同時に大きなやりがいも感じます。私は基本的にどんな依頼に対しても最初から『NO』とは言わないようにしています。今の自分に知識が足りなければ、他の樹木医の助けを借りてでもなんとかしようと試みます。木を助けるということは、その場所にいる人の思いに寄り添うことでもあるんです。」


 今後の展開として、何か新しいことは考えていますか?



 「やりたいことはたくさんありますが、例えば将来的に考えているのは、人間のカルテと同じように、全国の樹木の情報を集めたデータベースを作って、ビジネスとして活用できないかということです。自分の仕事にそのデータを使いたいというのが一番の理由ですが、他の樹木医や研究者にとっても有益なものになると思います。除塩についてはある程度ノウハウが蓄積できたので、その先の課題として塩分を取り除くだけでなく、海水によって微生物などが死滅した荒廃土壌を再生させる技術や製品ができないかと考えていて、研究者やメーカーの方とも協力して取り組んでいるところです。また木が弱ってから治療するのではなく、木を植える以前の段階で、品種の選定や環境整備のアドバイスをするコーディネーターのような仕事ができればと思っています。ただ、健康な木が増えると樹木医本来の仕事は減ってしまうんですけどね(笑)。それから、いつかは必ず世界に出ていこうと考えています。いつどこで何をやるのかはまだ未定ですが、これまでの経験や知識を活かして、北欧あたりで木を保全する会社でも立ち上げるかもしれませんね。除塩関連では去年の台風で高潮の被害に遭ったフィリピンに、近々訪れる予定です。仕事の相手は近所のおじいさんでも、どこかの国家やユネスコでもいいんです。樹木医として自分にしかできない仕事を、これからも探し求めて、挑戦していきたいですね。」








 喜多 智靖(きた・ともやす)


 樹木医

 アイキ樹木メンテナンス株式会社 代表取締役


 1972(昭和47)年9月19日生まれ (41歳)
 石川県金沢市出身 富士市上横割在住

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 早稲田大学商学部を卒業後、農業関連の就職先で経理部に5年間勤務の後、MBA(経営管理学修士)取得のためイギリスに渡る。3年間の滞在中に現地法人の商社での勤務を経験。その後さらにスペインへと渡り、1年間の語学留学の後、2006年に帰国。大手メーカー経理部での勤務の後、2008年から2年間、静岡県立農林大学校研究部総合技術専攻林業学科で学ぶ。卒業後は造園会社での勤務を経て、樹木医の資格取得に合わせて独立・開業し、現在に至る。東日本大震災で津波被害を受けた宮城県石巻市においては、除塩作業や学校での環境教育授業に取り組む。昨年10月にはNPO『樹木いきいきプロジェクト』を立ち上げ、理事長に就任。現在は富士市を拠点とした本業の傍ら、隔週で石巻を訪れ、木々の再生と子ども達への教育活動に奔走中。多忙な日々を送る中で、4歳の長女、2歳の長男と過ごす時間が最大の息抜き。


 ● 喜多さんのブログ 『樹木医!目指して!』 http://cya06337.blog43.fc2.com/
 ● 特定非営利活動法人『樹木いきいきプロジェクト』 http://jumoku-ikiiki.org/

【樹木医とは】
樹木の保護・診断・治療などに関する知識の普及・指導を行う専門家。樹木医制度は一般財団法人日本緑化センターが認定する資格で、1991年から実施されている。受験するには関連分野で7年以上の業務経験が必要。昨年末の時点での認定者数は全国に約2,300人。




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宮城県石巻市での環境教育活動の様子。子ども達の積極的な姿勢が印象的。

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壊死した部分を取り除く治療の様子

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樹木周辺の土壌調査の様子

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現在も喜多さんによる治療が続く枝垂桜(富士宮市青木・妙善寺)


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